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マタニティ&育児ライフ

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あれ?

29週3日

肩の荷が下りて、楽になったはずなのに・・・何となく相変わらずウツです。
というか・・・温泉のお湯で荒れたのかなと思っていた上唇がなかなか治らず、今日、よーく鏡で見てみたら、荒れてると思っていたエリア一面になんか小さな粒々が出来ていることがわかりました。自覚症状としては、腫れぼったく感じるというか、軽くヒリヒリするというか・・。
ううう゛・・・温泉で何か拾ってきてしまった模様。
(下の方でなくて良かった・・とか思いつつ、やっぱりイヤだー。)
明日、皮膚科にかかりに行ってこようと思います。

まずは、気が抜けたんでしょうかね。寝てばかりです。正午まで寝てたくせに、午後も3時間コースの昼寝。

親だの兄妹だのなんか(実・義理ともに)、”放っておいていいのだ”という状態になれただけで、別に現実が何か変わったわけではなく。

今回、温泉宿で、ひとしきり義父の通院の話になりました。旅行の前に、今義父がかかっている眼科の医師と神経内科の医師についてインターネットで調べてくれと義母から頼まれていたので、そのレポートをしたのでした。
そもそも・・・主治医の評判に疑問を持つ前に、義父と義母は、患者として何を望むのかということをきちんとしっかり考えて心に決めないといけないのです。
でも、そこのところをよくよく聞けば、何か言っていることがおかしい。義父が「新聞ぐらいは読めるようになりたいんだよな」と言うので、読みたい記事の拡大コピーをその都度作るとか工夫する手もあると応えると、ガン介さんが横から「オヤジが望んでいるのはそういうことじゃないんだよな」と言う。・・・そうか、お義父さんは、一家の主としてリビングで新聞を広げて読んでいる図という「ポーズ」が失われたことにこだわっているのだ。視力が0.7さえ出れば運転免許証を失効せずに済んだのにとブツブツ言うが、義父は両目を使えばこそますます見えなくなる状態に陥っているのだし、Pの方の影響で手先が思うように動かない、瞬発力が極度に落ちているという理由から言って、実質的に運転なんかとても許せる状態にないということを・・・自分では分かっていない。車を運転しなきゃいけない実質的な必要性もない。でも、「車のハンドルひとつ握れない」自分というのが、プライドが許さないだけなのだ。
片目で見ればよっぽど快適に見えるのでは?という話があるのに、眼帯は煩わしいとか言って試してみようともしない(見た目のこともよっぽど気にしているのだろう)。子供用なら片目を塞ぐシールのような医療品が存在するらしいけれど、大人用のそういうものはないらしいという風に、医療のせいにしている。
医者は、患者の要望のままに、それぞれの目の視力を上げたり視野を広げたりすることができるかどうか考えてくれるだけで、QOLのようなものを考えてくれやしない。義両親も、そういう認識不足の不幸の渦にがっちり嵌っているのだ。目の問題にしろ、今後ずっと続くであろうP病の問題にしろ。
義父は、ガン介さんが生まれたぐらいの頃に、一度左目の網膜はく離の手術を受けたが、どうもそれが失敗に終わったらしく、数年前に再手術を受ける前まで、ほとんど左目は見えない状態だったそうだ。その過去の手術の失敗にしても、周囲から「ちゃんと付け届けはしたのか」と責められただけで(実際、義母は”ちゃんと付け届けした”そうなのだが)、ウヤムヤに終わってしまった。その後も同じ病院にかかりつづけたのだというから、とても理解できない話である。義父は目のことではとてもコンプレックスが強いが(目が弱い家系らしい)、それ以上に無類の仕事人間だったので、とりあえず片目のことを放っておいて仕事を続ける人生を選んだ。今、仕事を失って、2番目のこだわりである目のことが1番目のこだわりに浮上し、ブツブツ言っているのだが、どう考えても、言い出すのが遅すぎる。
わたしには、義父の人生はとても理解できない。いろいろと自分の肉体の機能を失うことを人一倍恐れるくせに、健康管理について異常に疎いし、行き当たりばったりの医療を受けて誤魔化してきている。そもそも、どうして肉体の機能を失うのを恐れるのかというと、それは、その機能によって享受できる生活そのものを愛好しているからではなく、そうした肉体の機能を揃えて万全の生活を送っている自分の姿を愛好しているからなのだ。つまり、目的が大事なのではなく、あくまで、形・ポーズが大事なのだ。
自分自身の中に目的がない・・そういう人生が、ここにもまたある。(実家の母もまた然り。)
・・・わたしは、ウンザリする。親世代のそういう御仁達に。
誰が悪いのかとか、何が悪いのかとか、そういうことではなしに、ただ、そういう人間と接しているという、単純な現実に、ウンザリする。
不遇だ不遇だとブツブツ言う。
当たり前ですよ、貴方達。
でも、そんなこととても言えないし。
離れていたい。まずはただそれだけ。
忘れていたい。可能かどうか・・。

何故離れていたいのか、わかりますか?
・・・わたしたちの存在・人生の姿、わたしたちの赤ん坊の存在、その人生の姿を、貴方方の人生の満足の指標にされることに、とてつもない違和感を覚えるからです。
幸せの真意を知らない貴方達に、わたしたちの人生をとやかく評価する目を向けられたくないからです。
それでも親ですから、貴方達の目にせめて満足に映るように一生懸命生きておりますが、本当はそういうことは、窮屈で窮屈で仕方がないのです。
涙が出るほど、苦しいのです。

どうか自力で幸せになって下さいと、言いたいのです。
わたしも、誰かに幸せにしてもらおうとか思っていません。貴方方から愛されるはずだった権利すら諦めたんですから。
祈るだけなら、幾らでもしますから。
お願いします。
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ガン子

Author:ガン子
2006.7.13、男の子を産みました。
ダメ母日記です。

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