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「嫌われ松子の一生」

上下巻、一気に読んでしまったのは・・・まぁ、松子の人生の終焉、誰がどのように松子を殺したのかが気になって(一応ミステリー?)止まらなくなったという、ただそれだけのような気もする。

ケド、自分の内へ内へと篭ってばっかりだった最近だったので、他人の人生(フィクションだけど)に視線の焦点を合わせることは、ちょっとした、心の休憩になったような・・・この読書には、そんな安らぎはあったかも。

松子の一生というのは、単に運やツキが悪いというより、やっぱり、松子自身にも問題があって、自分から不幸な生活にダイブしているわけで・・・でも、世間様はそんな欠点だらけで不器用な松子を愛してしまうんだそうデス。
フーーーーン。
世の中の皆様は、やはりそこまで自己肯定感に飢えているのかな。
「人間って、そーだよね。欠点だらけでいいんだよね。そのほーがステキだよね。」とかとか、こういう本を読んで、思いたいのかな。やっぱり。
そゆ感傷に便乗したいのはやまやまデスガ、やっぱり不幸にはなりたくない・・かな。自分自身が、というより、人々全般に対して、やっぱりわたしはまだ「幸福」を望みたい。
映画のオフィシャルサイトも見たけど、映画は、かなり解釈を変更してますな。コミカルにファンタジックに描いて、松子の人生の悲惨さ、松子の心の荒みを和らげてる模様。松子の人生は”それでもやっぱりこの上もなく幸福だった”という風に収めたい模様。方向性は厭わないけど、少々、無理があるかな。

上手に生きろとは言わないけれど(自分に対してもね)、シアワセになれよとは言いたい。泣くなよと言いたい。それは、泣くのを我慢しろという意味ではなく、泣くような悲しい思いをするなという意味で。悲しい目に遭うことは避けられないけれど、でも、あえて、そういう目には遭うなと、言いたい。

話が全然違うのだけど、
こないだ、ガン介さんが、泣かなくなったいきさつを話してくれました。
小学校低学年の頃、少し遠い公園まで自転車で遊びに行って、そこで自転車のカギを失くしてしまい、自転車に乗って帰ってこれなくなったんだそうです。
エグエグ泣きながら歩いて団地に帰って、エグエグ泣きながら親に事情を訴えて、お父さんが自転車に乗って(少年ガン介を荷台に乗せて)その公園まで行ってくれることになった。お父さんの後ろに乗って揺られながらも、少年ガン介はエグエグ泣き続けた。そのとき、お父さんに、
「男は泣くもんじゃない、泣くな」
と叱られた。
それ以来、人前では泣いていないのだそうです。
公園に到着して、カギが見つかったのか、見つからずカギを壊して帰ってきたのか、そういうことは全然覚えてなくて、父親に叱られたことだけを鮮明に覚えているのだそうです。
実はもう一度親の前でつい涙がこぼれたことがあるそうです。
中学生のとき、お父さんに、
「お前は本当にろくに何もできない奴だな」
と言われて、悔しくてつい涙がこぼれたとのこと。

悲しい目に遭うのは、泣くような目に遭うのは、決して不運な事故のせいばかりじゃない。
だから、人は、人のために幸福を願うことを止めてはいけないと思う。人には人に対して(自分に対しても)、むやみ不幸に舐めさせてはいけない責任があると思うから。他人を不幸にする権利などないと思うから。でも、人間は残酷にもすぐ人を不幸に追い込むことができる生き物だから。
だから、人の幸福を願うことを、心していないといけないと思う。
人の不幸な人生にほっとしている場合じゃないような気がするのだ。
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2006.7.13、男の子を産みました。
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