せーの、せーで

マタニティ&育児ライフ

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今後の勉強のこと

勉強ブログの方でグダグダ語っていることなんですが、今、メチャクチャ悩んでいます、この先の受験勉強計画。人生設計に繋がることなので、すごく難しいです。そもそも、自分の人生設計能力というものについては自信が全くないので、計画を立てようとすること自体にムリがあるのでした(泣)。今まで、全く計画通りにならない人生でしたし。その場、その場では、勇ましく将来を見据えているつもりでも、いつも出鼻からくじかれるような、そんな20代でした。なので、もうすっかり自信喪失なんです。

結婚してからこっちの受験勉強は、妊娠するまでの気晴らし、あるいは喪失感の埋め合わせ的な意味合いが強かったので、割と気楽でした。先々のことはどうにでもなれ、みたいな。「妊娠した日にゃ、勉強道具なんてぜーんぶポーンと投げ打って、ウハウハとマタニティ・ライフ、育児ライフを満喫してやれ!」という了見でいたような・・。
でも、現実にはそうもイカンのでやんすよ。心理的に。
実家の母は、常に「できるだけ早く(夫を失ってもやっていけるような)安定した職をもつべきだ」というプレッシャーをかけてくるし。というか、そういうプレッシャーの呪縛に取りつかれていた過去の年月が長かったので、どうしても今もわたし自身、その亡霊に取り付かれていて、逃れられていない感じがするのです。
まぁ、わたし自身は、目指す士業を、そういう人生の経済的な担保としてみているのではなく、あくまで人生の生き甲斐を築くために考えておるわけで。じゃ、妊娠して、子供という生き甲斐を得た(得る)ではないかと考えてみても、これは子供が巣立つまでの期間限定の任務なので、一生、全面的にすがることはできないという不安感に包まれている。”生き甲斐”というのとはちょっと違うのよね。子育てはあくまで社会的(あるいは神様から任じられた、と言うべき)義務という意味の仕事ですから。期間の問題だけでなく、子育ては、商売やお勤めのようにどこまでも熱心にやればいいってもんでもなく、微妙な加減が重要な、デリケートな仕事でもあるし・・・果たしてわたしの人生の支えにどこまでなってくれるか、というのは悩ましい。というか、かなり疑わしい・・・のデス。

そんなこんなの不安感のために、わたしは呑気気侭な妊婦になれないのであります。

とはいえ。

やはりここは、焦りを堪えて、幾らか手がかからなくなるまでは受験のことは忘れて、ちゃーんと育児に専念した方がよいのではないかと思ったりもするのです。
せっかく、せっかく授かった子宝だし。
大事に大事に丁寧に子育てすることを、わたしだって今まで夢みてきたではありませぬか。今まで(前婚時代から数えるともう10年越しか)、あまりに遠く儚い夢だったために、なんかこう気持ちがほとんどねじけてしまっているだけで。やっと幸せな結婚をして、やっと妊娠もしたというのに、多分、なんだか気持ちがあまのじゃくになっているんだなぁ、わたしは。欲しいときに買ってもらえず、時期外れになってやっと欲しいおもちゃを買ってもらった子供みたい。「そんなの、もういらないもん」とか言って、そっぽを向いて別のおもちゃで遊んでしまう、みたいな。ああ、実際、わたしってそーいうタイプの子供だったような(苦笑)。子供心に「必死であきらめる理由をみつけてあきらめたのに、今更くれたって気持ちのやり場なんかないじゃないか」みたいな理屈を胸に、態度で親に抗議しちゃうのよね。

そう、気持ちのやり場が、まーだ定まっていないのよ。
「妊娠の喜び」ってナンダロウ?
「子育ての喜び」ってナンダロウ?
・・・みたいな。

だから、受験生活を棚上げにしておく勇気が持てないのね。
困ったもんだ。。。
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2006.7.13、男の子を産みました。
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